J。〜伯剌西爾の登攀について〜③

Brazil

J「このルートのフリー化によって、美しさと理屈が落ち合う。そこでは、宇宙クライミング一つの秩序に結合される。

 

「そ、そんな発想が!!」

「が・・・?」

「・・・いや、普通に登れないと思う。」

「理由は3つです。」

一つ目、オリジンズはアプローチに時間がかかり過ぎる。

公園のゲートが開いている時間が9:00〜18:00。

入園してからマルチピッチの取り付きまで約1時間のアプローチ。そこから3ピッチ分のマルチをして、ようやくルートの取り付きに到着します。どんなにスムーズに行ってもトライ開始が11:00。実際にはブラジルのチリングな朝を過ごすだろうから、トライを開始できるのは13:00頃でしょう。撤収の準備も17:00には始めなくてはならない。1日にトライできるのは長く見積もって5時間ほどです。初日はヌンチャク掛けで終わってもおかしくはないし、回収もハードだ。終了点から降りて来れない以上、クライムダウンしながらヌンチャクを回収しなくてはならない。

 

2つ目、ルートの特性上ムーブをバラしにくい。

水平方向の移動が多いこのルートは、一度こなしたムーヴを再度練習するのが難しい。ビレイヤーもセルフを取りながらビレイするから、ポンプアップも一苦労だ。後半トラッドクライミングのスキルが要求されるセクションはポジションやムーブのコツを覚えるのにも時間がかかる。垂壁パートも現場処理でこなせるほど優しくはない。ルーフパートばかりに目が行きがちだが、実はトップアウトするまでかなり長いルートだ。全体を通してクライミング能力の地力が問われる構成になっている。グレード以上に、完登までに要する時間は多くなるだろう。

3つ目

そんな直感に命を預けるのは、愚かだ。



J「構わない。」

敗退は無意味を意味しない。

 

2023/07/20

目が覚め外に出てみると、色濃い青空の中には雲が漂い、眼下には緑色の景色が広がり、そして背後を振り返ると、長く夢見た大岩壁が聳え立っていた。

いよいよこの日、生涯目標ルート「ORIGENS 8C/C+ (5/14b/c)」をトライする。

まずは今回ORIGENSのトライをサポートしてくれるというスンダラの家に向かう。

会うのは初めてだが、過去のブラジルツアーで会ったクライマーが紹介してくれた。スンダラはサン・ベント・ド・サポカイに住んでおりクライミングガイドをしている。この街周辺のクライミングエリアも案内してくれた。

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スンダラの家がめっちゃいい。指トレも出来る。地下に宿泊スペースがあり、キッチンやシャワーも完備。このツアーを通して、本当にお世話になった。

ゲートに辿り着くと、入念にギアのチェックが行われる。ブラジルだと思って油断していたが、自由な国民性の国では逆にレンジャー達はきっちりしだすのか、かなりチェックが厳しい。特にヘルメットがないとクライミングはやらせてもらえない。オリジンズをトライしているクライマーでヘルメットしている人にほぼ会ったことないが、ここでクライミングをやる以上はロープ・ヌンチャク・ハーネスなどギアをしっかり揃えておかないとレンジャーの許可が降りない。

入場料一人当たり18レアル(約500円)を払って、車を止めてからビューポイントへ

あたりには丸いフサをつけたアロカリアが群生している。恐竜がいた時代から生息する植物で、この山域のアイコンとなる植物だ。伯剌西爾という国の雄大さ、そして悠久の時を感じる風景だ。

展望台で早速記念撮影。

そこから手前の岩壁「バウジーニョ」まで1時間弱のアプローチ。

バウ(Bau)とは猿の意味で、ペドラは岩。つまり猿岩。バウジーニョとは小猿のような意味。

アプローチの高低差はそこまでなく、想像していたよりかは楽なアプローチだった。

そしてようやくスラブの基部に到着する。

ここから3ピッチ分のマルチを行うが、80mロープがあれば一気にオリジンズの取り付きまで登ることも出来る。

交代でアプローチをこなし、いよいよ憧れのルートと対面。

別ルートからマルチピッチをしている人たちも。

とんでもないルート。そして景色。到着時は雲がかかっていたが、それも次第に晴れてきて、気づけば見渡す限りの青と緑。4年も夢見たルートに会いに来ることが出来るとは。それも日本人の友人と。正直、コロナ禍になったときはもう来ることも叶わないと思った。

一息入れてから、早速トライを開始する。ルート上にヌンチャクは一切かかっておらず、大量にぶら下げてのマスタートライ。

トラバースをこなし、いよいよオリジンズの象徴的な大ランジのムーヴに入る。構えると想像以上に遠い。小川山ジャンプくらいの距離感はある気がする。一発目はガバの縁にもかすらず。あと10cmくらいは飛ばないといけない。左手の持ち方を調整し、出来るだけアンダーにする。体の位置を高くしもう一度飛ぶ。すると止まった。

高度感抜群のこのランジを止めた瞬間には、脳が痺れるような衝撃があった。今振り返ってみてもこのランジは何度跳んでも緊張感が残っていたし、何度つかんでもアドレナリンが吹き出るような最高のムーヴだった。

ランジを止めたあとのルーフパートもV6くらいはある。油断ならないパートだけど、ここを越えればニーバーで大きく休める。

そしてV9〜V10ほどのボルダーの核心に入るが、ここは逆に得意なパート。保時力・ロック力、そしてサイドホールドで引き上げる力を使うパートで、無事こなすことが出来た。

次のニーバーによるレストポジションに入ってからは、3級くらいのトラバースをこなし、凹角ルーフに到達。

すると途端にクライミングのタイプが変わり、ジャミングとチムニーで体を支えながら移動していく。1トライ目ではこのパートのムーヴは解決できず、ひとまずスキップ。垂壁に切り替わるパートのマントルも悪い。

垂壁パートは11b~cくらいかと思われる。パンプし切った腕だと全く油断ならない。しかし、そこには最高の景色広がっていた。

気づけばヌンチャクも使い切り、かなりのランナウトをしながらどうにかトップアウトして、ロープを解除する。空は今まで見たことのない透明度だった。

アプローチを歩いて取り付きまで戻る。このアプローチも足を滑らせたら大惨事になりそうな道。

その後はサカエさんもトライ。やはり大ランジは遠いようで、なかなか決まらなかった。

もう一便出した頃には陽が傾きだし、見たこともない夕焼けの空が広がる。突如として大勢の鳥たちがオリジンズの岩に戻ってきた。絶景とはこのことか。

懸垂下降+足を滑らせたら一発で死んでしまいそうなアプローチをザックを背負いながら歩き、18時を少し過ぎたころに公園の入り口まで戻った。

スーパーで買い物をして宿へ戻る。

オリジンズトライ1日目、満身創痍ながらも充実した日だった。

参考:チ。ー地球の運動についてー

TVアニメ「チ。 ―地球の運動について―」公式
若き天才作家、魚豊が世に放つ、地動説を証明することに自らの信念と命を懸けた者たちの物語。制作マッドハウス、出演は坂本真綾、津田健次郎、速水奨等。

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